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2012.03.11 () / - / com.0 / tra.0
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2月の初体験

2012.03.11 (01:39) / - / com.0 / tra.0

nirvana 投稿者 Bored4Lyfe

嫉妬
科学未来館 メガスター2cosmos
ひざの水を抜く
渋谷on the corner
chubby再び
酒類販売管理者研修
チョコとティラミス一緒に作る
芸大卒展⇒ごめん
球体間接ストッキングを見る
タロット購入
ヌメロン

嫉妬はよくないね。

2012年1月の初体験

2012.02.02 (00:36) / - / com.0 / tra.0

2012年1月の初体験。(随時追加)

働き始めてから初めて年明けのときを家で過ごす
実家のおせち系料理
神楽坂毘沙門天初詣
妙法寺
PS3
地デジ
秩父
お年玉をあげる
石膏づくり
ヒミズ


1月のマイベストtwitterツイート

好きです、埼玉県民。


画像はさがん

外は晴れ

2011.11.24 (12:42) / - / com.0 / tra.0

大切な人さえうんぬん。

夜道の酔っ払いさえうんぬん。

仮面うんぬん。

悲しみだってうんぬん。

洗濯機の止まる音が聞こえてうんぬん。


うんぬんの中に私の感情=変数xをあてこんで、公式のようにいつも規則的な答を出す。

私は機械であることの証明。それを知って動く生命力の強化。

いつだって無力。

原体験は言語化によって消えうせる。

2011.09.28 (00:49) / - / com.0 / tra.0
私にとって経験は語るにあたうるものではない。のかも。


説明しようという気が無いことを説明するのは、親しみやすい味付けにその経験で感じたことをまとめるような作業で。


誰かに伝えたいことをわかりやすい形に改変して伝えて、そのオリジナルの触感を見失って、私はそういう経験の中でいつも感情の原質を見失ってきた。




わざわざ説明するでもなく、ただ誰かに聞いてほしいという気持ちのまま言葉に出来たら。

きっとそういうものを信じている。

死に方もろくに知らない若者が死んだかどうかもわからずに死ぬ。

2011.09.18 (03:29) / - / com.0 / tra.0

なぜZガンダムなのかは全くわからない。


何かを期待するというのはよくないことの方が多いね。

それは裏切られるとかそういうことではなく、こだわりすぎて勇気が出ないということだ。


「しない」ということの理由になるものばかり増やすのはきっと上手に年老いていく方法なのだろう。
そしてそこそこにしっかりした中年が出来上がる。
転び方もろくに知らない。


まどかのお母様が言っていたけれど「治りが早いうちに上手に転ぶ」ことをしておくのが子供を大人にするのなら、きっとそれが出来ないまま大人を背負わされた人々は苦しいよね。

死ぬのって、そこら中に転がってる。こわい。

腕が日焼けしました。

2011.09.01 (02:39) / - / com.0 / tra.0

8月ぜんぜん更新できなかったな。

旅行に行ってきました。
自分で作り上げたレシピどおりに行くようで行かないようでそれがはがゆく面白く。

感想書けるかな。

夏も終わりますね。

坂道発進しようとして前にも後ろにも進まないという感じ。

2011.08.20 (04:45) / - / com.0 / tra.0

何度も聞いても見ても楽しいPV!


blog更新もせず毎日肥え太って行っています。ゲイリーがライブ中に股間を強打した話でいまだに思い出し笑いします。早く良くなるといいですね。


ガラにもなくDOMMUNEで小室哲哉なんぞ見ていてこんな時間なわけですが、良い素材ってどこにでも転がっているけれど自分で収集してきちんとコントロールできるようにならないと使い物にならないのだなぁと。あの人一体いくつシンセ扱ってんだよ。

生活はクズです。
可もなく不可もなく、というよりそのどちらにも行きすぎることなく行きすぎたように感じられる便利機能付きの塩川は今日もただの凡人です。終わった凡人ではないだけです。


通常業務をこなします。
誠実に生きます。

今日のところはそれだけ。

飽きさせないでおくれよ。飽きたらただ辛いだけじゃないか

2011.08.05 (15:24) / - / com.0 / tra.0

どこかで聞いたことある感じ。でもそういうのはいいんだ。

知らない物をむやみやたらに探すのは苦痛ではあるのだが、何度も何度も食べたり見たり知ったり経験したりし続けられる耐久性があるものが貴重になってきているんだ。
自分で価値を付け足すことをやめてしまったから。

恒常的に知らない物への小さな入り口を開けておく必要は昔から感じていて、それの必要性に対して真摯に行動できるのは悪いことじゃない。と思っている。


佐藤亜紀の著作をきちんと読んでみようかと思っている。

この人の著作はまだ二作しか読んだことはないけれど、なんとなくこの人は著作物で様々な「方法」を提示しようとしているんじゃないかと思っている。

次はバルタザールの遍歴か醜聞の作法にしようと思っている。

8月。塩川の小説が楽しみだろうか?

2011.08.03 (01:27) / - / com.0 / tra.0

背中かゆい。


そうそう、塩川が塩川を発揮するために好きな人が増えたらいいねぇ。

twitterでわざわざDM送った人とか、メールや直接このブログ教えた人たちはなんとなく気に入っててねぇ。
君たちに好かれたいのだよ。


塩川はなんとなく小説家のまねごとをしてみたことがあってねぇ、それはまぁ楽しかったり苦痛だったりしたんだけど、小学生のときにたまたま身近だったのが文章で、それを大人になるまで延ばしてきて、まぁ文章に関しては有センスとか自分にしかないものがあると思っててねぇ。

塩川は23、24歳くらいのときに大まかに自分という人間の読解が終わってねぇ。割と全てのことがどうでもよいと思ってる人間だとわかったんだが、そうは言っても自分でわざわざ世界が灰色であることを毎日見抜いていくのも生きるに面倒なので、たまたま色彩がありそうな場所・分野・瞬間を期待してみてでっちあげたり本当に色を感じられたりで25歳なうなんだけど、夢も希望も必要なく、ただ毎日納得することだけ必要と感じて生きている。
その余剰に「表現」で塩川を発揮するということがあるみたいなんだけど、文章っていう方法が自分にはラクチンでね。文章であることの必要性に迫られていないんだけど、自分がたまたまやり続けてくれていてね。

私はそれをもうちょっとちゃんと使ってみたいと思っている。
もっと言うとつまり「小説」にしてみたいということ。


さて、塩川の才能は「私が気に入ったあなたという個人に気に入られることに努める」という一点に尽きる。
となると何に関しても大勢を対象にするのは無理だ。どうしていいかわからん。

だから特定少数の対象のために小説を書くことなら出来る気がする。対象がいなければ、小説なんてしちめんどくさいことをしないだろう。

で、だ。

このブログを読んでいる、僕の気に入っている人達へ。

僕は知識がない。というより知識への困窮心がない。だから自分の厚みの無さを恥じている。その恥をわかっていて、それを改善する気もなく、もしかしたら小説を書いてしまうかもしれない。書かないかもしれない。

それでも、楽しみ、と言ってもらえるんだろうか。

私はそのくらいお粗末な人間で、楽しみ、と言ってくれる「私が気に入っている誰か」が一人でもいなければ何もする気が起きない。

楽しみと言ってくれるなら、読ませてあげたい。そしてあなたを強烈に想像して私は小説を書く。

はじめて書いた物語は小学校の親友ひろちゃんのため。
次は中学校の親友こーやん。その次が塾の親友せきくん。
その次が高校の友人その他。好きだったすずきさん。
大学の周囲の友人。恋人。東京に来てからの親友。
Webで見つけた知らない人。偶然知り合った数奇な友人たち。

その次にたぶん何かを書くとしたら、たぶんあなたたちを対象にしてしまう、かも。

それを、楽しみ、と感じてくれるんだろうか。
非常に無責任だが、楽しみ、の一言で、私には勝手に火が付く。

そしてその小説を、私も読みたい。

遠雷

2011.07.28 (23:22) / - / com.0 / tra.0

とても音が悪い。ちゃんと聞きたい方はマイスペースをお勧めする。



レイハラカミさんが死んで小松左京さんが死んで、○○さんが死んで○○さんが死んで○○さんが死んで・・・。

一瞬の感傷ですぐに過去になることを知っているから、事実の冷たさを冬のコンクリートくらいに感じて、とりあえず恋人に大好きだよとメールを送った。

さて、どうしよう。遠雷がとても場を盛り上げるから、私はまだ会ったことのない女の子への妄想を膨らませようか。ずっとそうしてきたように、悲しみの正体を塗りつぶすように。

悲しみの正体。それは思いこみ。
人間すべての感情・価値観は思い込みという読解。
そしてそれに代わるキラー・コードが見つからないこと。

それらが悲しみ。

だから誰かのこだわりを聞くのが好きで、そして時折吹きすさぶ砂のようにその場に居られなくなるほど悲しい。


「あなたのこだわりは、その悲しみの真理を突破するような、気鋭さを持ち合わせていないかな」
「・・・所詮あなたのこだわりも、あなたの思い込み・・・」


これの繰り返し。
不感症の果てにあるのは色のない世界。
そうだ、私はどの感情・どの感覚も「色」に変換できた試しがない。


色のない世界。

色のある世界は誰かの夢の中。


私はここにいる決心もつかず、まだここにいる。

不感症と悲しみによる砂漠化を免れた精神遺産とわずかな心境の新天地で、じっと遠くの空を見つめている。

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